爆音が大地を震撼させる。
襲ってきた衝撃に転がり込むようにして逃げながら、
広がる血の味に焦りが込み上げた。
認められない。こんなことは認められるわけがない。


(くそっ、何が起こってるんだっ!?)


いもしない神様を呪いながら、リョーマは駆け出す。
続いて襲ってきた衝撃が体に叩き付けられたと思った時にはすでに、
横殴りに転倒していた。


「死ね・・・ない」


なんとか立ち上がった刹那、背後の茂みがガサガサと音を立てた。
身構える。
しかし、飛び出してきたのは桜乃だった。


「リョーマくんっ!」


驚いている彼女の顔を見ながら倒れ込む彼のもとに、彼女は駆け寄った。





黄塵の都・第2部

1.深緑への誘(いざな)い






何が、一体何が起こったというのだ!?
何もかもがあまりに唐突過ぎた。
思考回路がついてゆかない間にも事態は混乱の方向に進んでいく。

現王支持者の業突く張り貴族の屋敷を襲った計画は失敗に終わっていた。
屋敷に忍び込んだ瞬間、屋敷が炎上したのだ。
唖然とする自分たちに、今度は爆弾が投下され、訳の分からないうちに逃げ出す羽目に陥った。
それがほんの数時間前の出来事。
ようは誘き出された、罠だったということだ。
計画を練った先輩への恨み言を並べながら、リョーマはそっと目を開ける。


「あ、よかった。起きた?」


桜乃が心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫だ」と告げた声は思ったよりも掠れたものだった。
辺りは木々に囲まれ、とても静かだ。
さっきまでの混乱がまるでなかったことのように感じるが、自分の右腕、
巻かれた布の下から襲った鋭い痛みが真実を告げている。

「これ」
「痛そうだったからさっき気絶してる間に。勝手にごめんね」
「あ・・・いや」

布をそっとずらして見る。
そこまで酷くはなさそうだ。

「他の皆は?」

分からない、と桜乃は首を振る。

「皆大丈夫かな?」

不安そうな声。
彼女の体もまた擦り傷だらけだった。
リョーマはふっと息を抜く。

「あんなに底意地の悪い人たちが無事じゃないわけないだろ」
「底意地が悪いって・・・・・ふふ、そうだね」

おかしそうに笑う桜乃に、リョーマは立ち上がって手を差し出す。
戸惑う桜乃の手を取って立ち上がらせた。

「どっちにしろあまりここにいない方がいいね。爆発があったとこからそんなに離れてないし」
「うん。でもここどこ?」

無我夢中で逃げているうちに都から離れた森に逃げ込んでいた。
広範囲に渡った森は他の国との境界線が曖昧な場所でもある。

「こんなとこに逃げ込むなんて、ちょっと考えなしだったかな?」
「・・・本当に『逃げ込んだ』ならいいけど」
「え?」
「なんでもない」

首を傾げる桜乃の手を引いて、森を抜けるべく歩き出す。
なんとかして他のメンバーと連絡をとりたい。
胸中に沸き上がる疑問。
逃げ込んだのではなく、ここに追い込まれたのだとしたら?

「りょ、リョーマくん。あの、自分で歩けるから」

思考を遮ったのは慌てた声だった。
手を離してくれと上目遣いで見てくる彼女に、
しかしリョーマはうろん気な目を向けた。

(はぐれそう)

たぶん、それは真理だ。
更に力を込めて握りながら、リョーマは無言で却下していた。
桜乃も抗議を諦めて大人しくついていく。
無言で草を掻き分けてしばらく歩くと茂みを抜けた。

「リョーマくん、湖だよっ。綺麗」

透明なはずの液体は薄い水色に染まり、底まで見える。
それほど広くはないが、底は深そうだった。
小さな魚が群れをなして優雅に泳ぎ、それに合わせて草が底でゆったりと揺れている。
のんびりとして、絵画にでもなりそうな綺麗な情景を造り出していた。
自然に心が落ち着いてゆくのが分かった。

「リョーマくん、ちょこっと休憩しない?水は貴重だし、汲んでおきたいし、
 リョーマくんの傷口も洗った方がいいと思うし・・・ダメかな??」

こちらの様子を伺うように、数々の理由を提示する桜乃に苦笑を零して、
リョーマは少しだけ微笑んだ。

「採用」

さっそく桜乃が湖に駆け寄って顔を洗う。
リョーマも習って湖の辺に腰を落とした。








          ◇◇◇








腰元まで生い茂る草をひたすら掻き分けて、ずんずん進む手塚の後を、
不二も掻き分けながらゆっくりと追う。
皆とはぐれてからようやく会えたのが手塚一人だけだった。
他の皆は無事だろうか・・・?
思考を巡らせる間も手塚はサクサク足を進めていく。
迷いのない足取り。
ただの少しの迷いもなく、ひたすら無言で。
こちらも無言で追いながら、
不二は敢えて言うまいと思ったことを言う決意をした。

「ねえ手塚」

サクサク

「何だ?」

サクサク


「迷ったんでしょ?」
「・・・・・・・」


ぴたりと足が止まる。
しばし沈黙。
鳥が羽音を立てながら大空を飛んでいくのを、
なんとなく目で追いながら、次にはため息が沈黙を破っていた。

「なかなかうまくはいかんな」
「今初めて君の将来が心配になったよ」

結局、二人はそのまままた無言で歩き出す。
ふと、不二が言葉を零した。

「そういえば、裕太のいる村がこの近くだった気がするよ」
「そこに協力を求めるのか?」

横目で背後の不二をちらりと見遣って手塚は先を促すが、
珍しく歯切れの悪い彼に眉根を寄せることになった。

「いや、それよりも思い出したことがあって・・・・」
「なんだ?」
「確か、『近くの森には魔獣が住んでるから大変だ』って言ってたような・・・・」

バサバサと、巨大な羽音が聞こえたのはまさにその瞬間だった。








          ◇◇◇









「リョーマくんはどうして青竜にいるの?」

辺に並んで、湖を堪能していた矢先、
桜乃の言葉にリョーマは水を汲む手を止めた。
座り直して、じっと水面を見つめる。

「越前リョーマとして生きるために、かな」

首を傾げて見遣るが、リョーマはじっと前方を見つめるだけでこちらを見ない。
凪いだ風のような瞳に、桜乃は既視感で目が眩む。
あの日、桜乃の母親が見せた顔が重なる。
父親を必ず止めてみせると言ったあの日の母親に。
王位簒奪の反乱が興(おこ)ったあの日の母親に。
自分を逃がそうとして夫に剣を突き立てられたあの日の母親に。
母は「恨んでは駄目」と言った。

なぜ?

「桜乃、逃げなさい。あなただけは幸せに」と。
しかし、復讐の為だけにこんなところまで来てしまった。





『正すために』





王位を奪われた王子の言葉が鼓膜に響く。
母は最期まで「父を止める」と言った。

(私はなんの為に青竜にいるの?)

水面を風が凪いだ。






あとがき

とうとう始まりました。黄塵の都第2部!
始まり方がちょっと飛びすぎてて大丈夫でしょうか?
作者一人で突っ走ってないか不安です。
2部は主に戦闘メインの話になりそうです。
ええ、彼等が、氷帝レギュラーが出てくるせいですね・・・。

第2部第1話どうでしたでしょうか??あわわわ。
いきなり皆バラバラですね・・・はは・・・・・。
っていうか手塚があんな状態で申し訳もございませんですよ、はい。
今までの手塚が私的に完璧過ぎて納得がいっていなかったので、
今回でお茶目な部分が出せたらいいなと思ってこんな役回りになってしまいました(汗)えへ。
そして、今後バラバラになった皆は一体誰とペアを組んでいるのか??
次回は誰と誰が出てくるのか??
えー、よろしければ是非是非次もお付き合い下さい(ペコリ)




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