<side9:ryoma and sakuno>







「喉乾きませんか・・?」

目蓋に掛かる闇が増した気がして、リョーマは目をあけた。


「眠ってたの?」


小首を傾げてこちらを覗き込んだのは桜乃だった。

苗字は知らない。

料理屋ニイチャイの看板娘であり裏で運び屋をしている。

数日前から青竜と行動を共にしている少女。

それ以上のことは知らない。

リョーマが彼女自身で知っている事と言えば、長い三つ編みと、
少々(多々かもしれないが)ドジなところと、それからお節介なところだった。


「寝てない」


むくりと起き上がって、桜乃が差し出したカップを受け取った。

昼に手塚と手合わせして、惨敗してからずっとここにいたのだ。

それから何も口にしてない喉を潤そうとカップを煽れば、
喉の奥が焼けるような、それでいて甘い味が広がる。

大石あたりが持たせたのだろう。

カップの中身はリョーマの好きなソーダだった。


「なにしてんの?」


横目で見遣った桜乃は、立ち竦んだまま胸元の服をぎゅっと掴んでいる。

嘆息して、自分の横を指す。


「座れば?」

「あ、うん」


ちょこんと正座した桜乃は、何かを躊躇っているようだった。


「あ、あのね、リョーマくん」


しどろもどろに言葉を紡ぐのを聞きながら、リョーマはふと、
彼女に名前を呼ばれるのはこれで何度目なのかと、どうでもいいことを考えていた。

だから、余計に不意討ちを食らった。


「治療代のことなんだけど」

「んぐっ」


思わずソーダを詰まらせたリョーマに、桜乃は慌てて背中をさする。


(黙っといてって言ったのに・・・)


額に青筋が浮かんだが、桜乃は気付いてないようで、先を続ける。


「あの、ありがとう」


詰問されるかと身構えたリョーマだったが、拍子抜けして肩を落とした。

なんとなく頬が熱いのを隠すようにそっぽを向いてカップに口を付ける。

返せた言葉は「別に」。それだけだった。

不意に訪れた静寂に、二人は並んで空を見上げる。

瞬く星は今にも零れ落ちそうに見える。

やがて、星を見上げたまま桜乃がぽつりと呟いた。


「レジスタンスって、皆現王に恨みを持ってるのかな?」


まるで独言のようなそれに、少し考えて


「それじゃあただの復讐集団だろ」

「・・・・・そうだね」


そう、自分達は復讐者じゃない。

皆、ただ国を正そうとしている、それだけだ。

もちろん私情が入った人間もいるが、少なくとも自分はそうじゃ・・・ない。そうじゃないと思っている。


「じゃあ、私はレジスタンスじゃないんだろうな」

「?あんたは運び屋だろ」

「うん、そうだね」


何を当たり前のことを、と眉を寄せるリョーマに、桜乃はくすりと笑った。


「それでね、治療代のことなんだけど」


リョーマは再びソーダを喉に詰まらせなければならなかった。


「な、なにリョーマくん??」

「その話はいいから」


例え「なぜだ」と聞かれても正直リョーマ自身も分からない。

なんとなく、本当になんとなく足が診療所の方に向かい、
なんとなく手が財布の紐を緩め、なんとなく口が「払う」と言っていたのだ。

気付いた時にはもう診療所を後にしていた。

これが、感謝とか謝罪からくるものなのかは分からない。

そんな殊勝な心を自分が持っているなんて思ってもいなかったし。

ただ、桜乃の言葉を、あの時のことを思い出すと胸に刺が刺さった気がして何かせずには
いられなかったのだが、そんなことを悟られたくはなかった。


「・・・貸りをチャラにしただけだから」

「でも、私なんにも貸してないよ」


頑なに追求を拒むリョーマの複雑な感情に気付かず、桜乃は尚も先を続けようとする。


「私どうしても納得いかな・・・」

「もう、いいから」


塞がらない唇を黙らせようと、リョーマは指を乗せた。

その、思いの他暖かく柔らかな感触に驚く。

指先から今まで感じたことのない痺れたような感覚が広がる。

感触を確かめるように、リョーマは乗せた指で唇をなぞった。

一方そんなリョーマに、桜乃は戸惑いを浮かべる。

優しく撫でる仕種は緊張するけれど、決して不快なものではなかった。

寧ろ、触れられたところから伝わる体温が心地いい。

リョーマはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それ以上は言わなくていいから」


囁くような、優しい声音に、桜乃はなぜが頬が熱くなる。


「うん」


誤魔化したくて、目蓋を伏せて答えた。

指を離すのがどこか惜しい気がして、しかしそんな感情を否定したくて、
リョーマは再び寝転がって空を見上げた。

桜乃も膝を折って座りなおす。



(なんなんだろ・・・)



傍に誰かがいる。

それ自体珍しいことではないはずだが。

でも、

こんなに気が緩んでいるのは初めてだ。


(変な奴・・・)


覗き見た桜乃の顔は今までに見たどんな顔よりも柔らかい光を持っている、そんな気がしていた。








<あとがき>

あれ、おかしいな。リョ桜が書きたくてサイドストーリーを書き始めたのに。
大して進展してないじゃんっ!撃沈ですよ、マジで。あっれ〜。
あ、リョーマの飲物の事なんですが、好きな飲物ソーダにしてしまいました。
なんか、「黄塵の都」にファンタは登場しちゃいけない気がして(汗)
ソーダなら酒で割ることもあるかな、と(滝汗)
次回は再び跡部サイドのお話です。
次回でサイドストーリー終了ですんで、もうちょっとお付き合い下さひ。




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