<side8:king>







桜乃と手塚は、無言で路地を歩く。

早くもなく、決して遅くもなく。


「生きていたのは驚いた」


やがて、ぽつりと手塚が零す。

桜乃は俯いたまま、視線を合わせられないでいた。

合わせたら、なにかが壊れてしまうと思っていたからだ。

壊れるような何かを相手が感じてくれているのかは分からないけれど、
彼との昔の思い出はまだ、桜乃の中では綺麗なままだったのだ。

自分で自分を偽っているのは分かっていたとしても。


「それは、お互い様です」


消え入りそうな声。

手塚は表情を変えなかった。

一度言葉を交わしてしまえば、次には沈黙に耐えられなくなってしまう。

ハッキリと罵られるよりも、その方がずっと心が痛い。


「どうして、私の側に・・・きたんですか?」


とうとう口にした疑問は掠れて語尾が消えていく。

ふっと手塚は進めていた足を止める。

数歩だけ先に進んでしまった桜乃をまっすぐに見つめ、口を開いた。


「恨まれていると、そう思っているのか?」


直球だった。桜乃にとっては。

咄嗟に謝罪の言葉が出てくるが、ぐっと口を噤んで耐える。

手塚にとってはその行動だけで充分だった。

少しのためらいと、言葉を探す。

口をついて出たのは、あまり上出来とは言えない、ただの昔話だった。


「相変わらず長いな」


困ったような笑みで、桜乃の三つ編みの片方を手にとった。


「お母様が、ずっと結んでくれていたから、なんだか切れなくて・・・」


掌の三つ編みを見ながら、桜乃も同じような笑みを浮かべていた。

少し前、身の回りの事は殆ど他の者がしてくれていた中で、
桜乃の母親は三つ編みだけは頑として譲らなかった。

だから桜乃は起きたら一番に母親の部屋に入り、二人で話しをしながら結ってもらった。

その頃の母親の膝と歌うような声は桜乃のものだった。

密かに兄に自慢すれば、笑いながら頭を優しく撫でられた。

思い出に耽る桜乃に、手塚は空を仰ぐ。

「俺は、もう一度おまえに会えてよかったと、そう思っている」

「くに・・・」

「俺は別にお前達を恨んでるわけじゃないんだ。もちろん、現王も、恨んでいるわけじゃない」

「・・・恨んでない?」


驚き、目を丸くする桜乃に、手塚はゆっくりと頷く。


「でも、青竜は?」

「青竜のメンバー全員が憎しみで行動しているわけじゃない。もちろん、そういう奴もいる。
 ただ、俺はそこに意味がないと、そう思っている」

「そんなっ・・・だって、肉親が殺されたんですよっ!」

「ああ、そうだな。だが、時が経つにつれ考える。なんの意味がある?
 俺が恨みを晴らしたところで父上は帰ってこない」

「じゃあなんでですか・・・?」


困惑と、そして沸き上がる言い知れない感情に、手塚の服を掴もうとするが、自制した。

それが、自分のぎりぎりではあったが必死で耐えた。

「間違っているからだ。あの人はなんの為に王になったんだ。
 民が貧困に苦しむ姿が見えていないのか?
 詭弁かもしれない、俺は、この国のただの民として青竜を興したんだ」

「・・・・・」


言葉の端々に熱を込める手塚の瞳には、一片の曇りも見受けられない。

本当の言葉なのだろう。

討つことに変わりなくても、この人は堂々と亡き父上に顔を向けられる。





(ああ、どうしてこの人が王でないのだろう・・・)





きっと出会ってきた誰もが思ったことを、桜乃もまた感じた。

目頭が熱い。

知らず泣く桜乃の涙を人差指でそっと掬ってやりながら、

手塚は笑ってやろうと、しかし明らかに失敗した顔でそっと言った。











「お前の方が、苦しいな・・・」









瞳は、どこまでも優しかった。








<あとがき>

なんだかもの哀しいストーリーになってしまいました・・・あはは〜。
お待たせしました!手塚&桜乃です!
塚桜でないのが申し訳ないところ。ええ、一応この話リョ桜なもんだから。
それでもいい感じに燃えていただければ、こりゃ幸い。

次回はとうとうリョ桜!?・・・いえ、リョーマ&桜乃っす。




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