<side7:scar>







「順調に回復してるな。貧血はどうだ?」

銜え煙草を、診察室でも決して止めようとしない有能な医者は、そう素っ気無く聞いた。

ちゃんとした医師免許はとっていないと聞く。

しかし、モグリとして営業しているわりに、正規の医師などよりよっぽど腕が立った。


「最初に比べると減りました。まだちょっとクラッとすることはありますけど」

「造血剤が足りないってことかな亜久津?」


首を傾げて聞いてきたのはここの専属薬剤師と名乗る千石清純だった。


「今は日にどれだけ飲んでる?」

「うーんとね、朝昼夜に1粒ずつだけど、何割か他のものと混ぜて軽くしたやつだから」

「じゃあ、人体に影響ない範囲でもう少し強くしたものにしろ」

「りょーうかい」

「あ、お願いします」


目の前のやりとりにきょとんとしていた桜乃は、慌ててぴょこんと頭を下げた。

そのおでこに無遠慮に伸ばした手で、亜久津はデコピンをくらわせる。


「・・・つぅ・・・」


痛さに呻く桜乃に、亜久津はもとから鋭い目で見遣ったまま


「こっちはこれが商売なんだ。いらねー気を回してんじゃねぇよ」


と呆れたように言った。


「そうだよ、桜乃ちゃん。こういうのにイチイチ感謝してると、悪いお兄さんに付け込まれちゃうよん。
 人に頭を下げるときは慎重にね」


千石は亜久津の言葉に苦笑を浮かべると、言葉を付け足す。

いいコンビプレーだと思う。


「で、でも、私はお二人のこといい人達だって思います。仲良くなりたいなって思うし、
 嬉しいから感謝したいんです。そ、そういうのも駄目でしょうか・・・?」


おでこを抑えたままおずおずと見上げる桜乃に、今度は二人がきょとんとした顔で返した。

一瞬後には、千石は顔を背けて口元に手をやりながらも肩を震わせ、
亜久津はこめかみを抑えて脱力していた。


「あ、あの・・・」


ちょこっとだけ不安になった桜乃がたまらず声をかけるが二人は桜乃を見ない。

正確には見れなかった。

とんだ貴重人物がいたもんだ。


「これは」

「・・・」

「ねぇ、亜久津。亜久津くーん?」


まだ肩を震わせたまま千石は亜久津の肩を揺する。

心の中では抑え切れずに爆笑したままだ。


(ゆうに事欠いて、この亜久津に「いい人」!そんなこと言う子がちゃんとこの世にいるんだなぁ)


見るからに強面の亜久津に真正面から「いい人」。加えて「仲良くなりたい」。
そんな可愛らしい言葉を臆面もなく掛ける人物がいようとは。

今時珍しいくらい純粋というか、なんというか・・・。


「桜乃ちゃんはいい子だねぇ」


笑いながらそう言って、照れている亜久津の顔が見たくてちょっかいをしかけてくる千石を
片手で防御しながら亜久津は桜乃に半眼を向けた。


「そういう言葉は金輪際俺にかけるな」

「え、な、なんでですか・・・?」


訳が分からなくて困惑する桜乃に、しつこく張り付く千石が、亜久津の頬を掴むと引っ張って


「そんな可愛いこと言われると、お兄さん照れちゃってたーいへんなんだよねー」


どこまでも調子に乗る千石に、とうとう堪忍袋の尾が切れた亜久津は仕返しに
頬を掴んで渾身の力で引っ張った。


「いだだだだ〜止めて〜」

「お前はいいからとっとと薬を調合しろ」

「あ、あい・・・」


ようやく開放されて千石はしぶしぶと部屋を出ていく。

ふんっと息を巻いて亜久津は桜乃に向き直った。


「しかし、失血量の割りに傷口がないってのが不思議だな」


リョーマを庇って倒れた桜乃は、確かに腹に傷を負ったはずだったのだが、
リョーマの焔に含まれた異常な治癒力によって傷口は消えていた。

そっと、桜乃は服を捲りあげて傷があった場所を撫でる。


「そうですね。それだけリョーマくんの力が強いってことなんだと思います」


滑らかな肌を辿る。

桜乃自身も不思議だった。

それほどの力を持った人間を見たのは今まででたぶん二人目。

リョーマに逢うまでは、一人しか知らない。

しかも、その人と同等の力を持った人間がいるとは露にも思わなかった。


「ん?」


何かに気付いたらしい亜久津は片眉を釣り上げる。

その視線は桜乃の露になった腹に向けられている。


「お前、それどうした?」


その視線を辿った桜乃は、彼が何を指しているか気付いた。

腹の右側にうっすらと残った傷跡があるのだ。

古傷だが、相当の深手を負ったのが、医者である亜久津には分かった。


「これは、昔ちょっとドジをしてしまって」


傷跡を指先で辿りながら、桜乃は目蓋を伏せた。

そうすれば、今でも傷を受けた時の光景を思い出す。

亜久津はそんな桜乃に何も言わず、煙草の灰を落とした。


「薬出来たよ〜」


部屋に満ちた空気を一掃するように、千石の明るい声が響いた。


「ってあれ、二人共なにしてんの?」


そろって自分を見る二人の視線に、怪訝な顔をしながら千石は部屋に入る。

と、何かに気付いて、足を止めた。


「あ、亜久津まさか、俺がいない間に桜乃ちゃんに不埒なことをっ!」


桜乃の剥き出しの腹に目をやって、千石は大仰に驚いてみせた。


「まさか、亜久津が桜乃ちゃんを狙っていたなんて。
 何も言わないその不良チックな顔の下でまさかそんなことを日々考えていたとは!
 同じ職場の人間として、俺はそのムッツリを正すべきなのかぁ!!」


訳の分からない叫び声を上げて千石は何やら、天に向かってポーズをとっていた。

桜乃は慌てて服を直しつつ、千石をどう止めていいか困惑する。


「あ、あの、違います。別に変なことされたわけでは・・・」

「桜乃ちゃん、何かあったらちゃんと言うんだよ。お兄さんの胸ならいくらでも貸してあげるからね」

「え、ええ!?」

「バカが」

「・・・ぃでっ」


桜乃の手をガシッと掴んで瞳をキラキラさせながら、不穏なことを言う千石の頭を、
亜久津は問答無用で叩いた。

さながら、漫才のような光景だった。


「うう、亜久津は俺に優しくない。って、まあ冗談は置いておいて、はい薬」


さっきの勢いから一変して、にっこりと人懐っこい笑顔で袋を差し出す。

桜乃も笑顔でそれを受け取った。


「ちょっと強くしたけど、ひょっとしたらまだ足りないくらいかも知れないし、
 何かあったら遠慮なく言ってね」

「はい、ありがとうございます」


素直に薬を受け取ると、桜乃はポシェットから袋を取り出す。

が、それを見て、亜久津が袋を押し返した。

驚く桜乃に、苦笑した千石が肩を竦める。


「お金はもう貰ってるんだ」

「え・・・どういうことですか?」


自分のとっておきを話す子供の顔つきで楽しそうに千石は言った。


「その傷の原因の誰かさんが、朝一番に払っていったんだよ。
 だから桜乃ちゃんからは貰う必要はないんだよね」


「ね?」とウインクする彼に、桜乃は呆気に取られた顔で見返すしかなかった。

俄には信じられなかった。

確かに怪我をした原因と言えるが、これは自分が勝手にしたことで、
彼にはむしろ迷惑をかけただけだ。

それなのに。


(払った・・・?)


戸惑いながらもお礼を言って、診療所を出る。

日がいつの間にか傾いて、晴天だった空は茜色に染まっていた。

東からジワジワと薄い闇色に染まっていくその様子を眺めながら、桜乃はカルピンへの帰路につく。

覚束ない足取りで、曲がった角で、桜乃は足を止める。

見知った人影を見つけたからだ。


「どうしてここに・・・?」


零した声に、相手は苦笑を返す。






思いの他優しい顔で







「方向音痴だったろう?」







手塚国光は、そう親しみを込めた声を掛けた。








<あとがき>

ああ、楽しいですっ!亜久津・千石コンビ!!
千石くんのキャラは果たして本当に千石くんなのか疑問ですが、
ああいったキャラを書くのがじゅんは大好きです。
いい感じにふざけているというか、飄々としているというか。
山吹あなどれません(笑)
照れる亜久津なんて書けて幸せ。自分で書いといて言うのもなんですか(苦笑)
医学とか殆どわからないので、ちょっと心配ですが、
亜久津・千石コンビを出すのが好きなので困りものです。
桜乃を囲んだほのぼのストーリでした。
ところで、「黄塵の都」ってうまく略せないかな??


桜佳さんへ。
メール受け取りました!ありがたや〜。読むのが本当楽しみですvv
こう、ほや〜んと書いた文章をうまく読みとって感想書いてくださるので、
私の中でほやんとした黄塵の都が補強されて、桜佳さんで土台が出来上がっている気がします。
って書くとちょっとプレッシャーっぽい!?いえいえ、風のように軽く受け取ってください(笑)
のんびり待つって言ってくださったので、なんだか順調に書けそうですよ♪
桜佳さんも忙しい中、メールありがとうございました!
はい、感想はいつでもいいので、桜佳さんのいいタイミングで、
また黄塵の都を一緒に楽しみましょう!


天狼さんへ、いつもありがとうvvvラブチュー(笑)




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