<side6:business>







「そうですね、武器を買い取ることもなくはないですけど・・・」

オフィスと呼ぶには些か綻びの目立つ来客専用の部屋には、
誰かが持ってきたしおれかけの花が飾られていた。

飾るというにはとてもその役目を全うできていない。

どうせ英二辺りが持ってきて、飾ったことを忘れてそのままになっているんだろうと、
乾はさして気にもしていなかったのだが、
緊張した面持ちの商談相手はちらちらその花の様子を伺っている。


「あることもあると」


構わず話を続ける乾へカチローは視線を戻した。

カチローとしても花など気にしてもしょうがない事はくらいは分かっていたが、
神経が過敏になっていた。

自分は朋香や桜乃と違って戦闘向きではない。

争いが起こった場合、まず真っ先に裸足で逃げ出す、くらいはやってのけると自分でも思っている。

彼にとって戦いとは、何も戦火の中でだけ行なわれてるものではない。

むしろ、意気込んで武器を振るう方がどうかしている、そう思っている。

それでもレジスタンスのアジト等と言う物騒なところに出向いているのは、仕事だからだ。

仕事ならば話しは別だとしているのは、ちょっとしたプライド。

運び屋としての仕事ならば例え戦火であってもまっとうする。

どうしようもない自分の、唯一の取り柄。

だから、伴から仕事を全面的に任されるのは彼の誇りだった。

気を取り直そうと、彼は自分に叱咤した。


「そうですね。でもやはり基本は運びですから、特に必要でなければ流してしまいます」

「では、そちらに保管してあるものは、期待出来ないということかな」

「はい」


ふむ、と乾は顎に手をやった。

ソファに向かい合った形で座っている二人の間には、年期の入った木の机。

その上にはさっきまでいた河村が持ってきたお茶と、もらった梨が置かれていた。


「早急に必要でしたらいくつか紹介しますよ」


「これがリストです」と、差し出された紙を受け取る。

そこには、聞いたことのない武器商人の名が全部で3件記されていた。

レジスタンスである自分は武器の流出については明るくない。

専門分野が違うので、こういった商売は信頼が第一だった。


「詳しいことを聞いても?」

「答えられる範囲でなら」


精一杯の誠意で答えるこの若い少年に、乾は口の端を上げた。

初めに彼が来たときは正直ナメられたものだ、と眉を潜めたが、こうして商談をしていれば、
彼が仕事を任せるに足る人間であることがわかる。

なによりも、緊張しながらも熱心に仕事をする彼に好感が持てた。

メモすべく自前のノートを取り出しながら


「そうだな、その商人の武器の癖があれば」

「癖・・・ですか」


考え込むようにカチローは頬を掻く。


「そうですね、一件目の商人は割りと気候を重んじる人です。
 だから、たぶん運んで儲けるというよりは保管を目的としてるんじゃないかな?」

「なるほど。コレクターでもあるわけか」


カチローとしては、割と格安で武器を売ってくれるところとして認識はあるが、
質に関してはあまり望めないかも知れない。

コレクターとして武器を取り扱う場合、どうしてもいいものを手元に置きたがる節があるからだ。


「二件目は主に剣を扱ってます」

「おや、ここは鍛冶屋をしていたと書いてあるが」

「はい、過去に。今は店を畳んで裏の仕事だけで食べてるみたいです。
 大量生産というよりは気に入ったものを買うのにいいかと思います。
 三件目は割りとレジスタンスへ多く武器を流しているとこですね。
 今回の妖刀も元々はこの店から運んだものでした」


妖刀バールパルマリーはすでに手塚の私物になっていた。

こうして大量に武器を流していると、思わぬ一品を見逃してしまうことも珍しいことではない。

ニイチャイが運び屋として手広くやっているのは、
そうした曰く付きのものに出会っても対処できるからだ。

だから、武器商人達の間でも一目置かれている。


「カチローくん的にお勧めのところはあるかい?」


聞かれて、カチローはきょとんとした顔を向けた。

そうした表情は彼を実年齢よりも幼くみせる。


「二件目ですね。交渉して、向こうの条件にあえば、破格で武器を譲ってくれるところです。
 それに、ここは強い反現王派であり、前王支持者でもある」


それを表わすところはつまり。


「もし、ここのリーダーのことを切り出して良いのなら、きっといい交渉材料になります」


前王の息子である手塚の率いる青竜になら確実に顧客契約できるに違いなかった。


「反現王派なら文句ない。こちらは一人でも多くの協力者が必要なんだ。
 君に一任する形になっても大丈夫かい?」

「はい、むしろ武器商人はいきなりレジスタンスと交渉することを嫌がります。

 こうしたことは本当に信頼関係で成り立ちますから。
 僕が直接交渉する方がかえって都合がいいですね。
 誰か一人交渉を手伝ってもらえると尚いいですけど」

「ああ、それは問題ない」

「それで、ですね」


突然歯切れが悪くなったカチローに、乾はとっていたノートから視線を上げた。


「何か手塚さんが王子だという証拠かなにかあるといいんですけど・・・」


王族の人間、特に正当な血筋の場合、王位を継承しなければ、民衆の前に滅多に姿を表わさない。
そのため、もし手塚が共にいって名乗ったとして信憑性は薄い。

乾は、なにかを思いついたのか、断ってから一度部屋を出た。

数分して戻って来たとき、手の中には、青い布が握られていた。


「それは・・・?」

「これは青竜が活動するときに身に付けるものなんだが」


レジスタンスはそれぞれ自分のチームのシンボルを身に付ける習わしがあるのは知っている。

青竜の布は、その名の通り、青を特徴とした布というわけだ。


「それ、いい布ですね・・・」


カチローは言いながらも困惑する。

上等すぎるのだ。


「ああ。本来こういったシンボルはメンバーに「貸す」ことになっている。

 だから、ちゃんと返す為に、無事に生還するよう心が込められている。
 だけど、青竜には他にも布に込められた思いがある」

「これ・・・一枚一枚裂いた跡がありますね」

「もとは一枚の布だったんだ。それを人数分裂いた。もとの一枚がこれだ」


と差し出したのは人数分裂いてもまだ長い布だ。

先刻自分で「上等」とはいったが、
改めて手にいてみると手触りが普段触れたことのある布とまるで違う。

厚く、感触が気持ち良かった。

とても庶民が手に出来る感触じゃない。


「それこそが、手塚が王子である証だよ。その布はね、国の三宝玉の一つさ」

「え、これがですか!?」

「ああ。三宝玉は本来王を意味する。王冠、国のシンボル青の宝石、そしてもう一つがローブだ。

 青の中でも特に国旗と同じ色に染め上がった布は二つとない。
 どんな手を使ってもその色に一致させることは出来ない」


国のシンボルの青に染め上げることが出来る人物は、もうこの世にはいない。

大昔の、最も神に近いとされた能力者が染め上げたものなのだ。

今となっては染め方すら分からない。


「そして、ここには王家の紋章が編み込まれている」


乾が示したのは、丁度胸元にくる位置だった。金や銀の糸で細かく丁寧に編まれた紋章があった。

細い糸で縫ったとはいえ、そこらの布屋では到底及ばない腕だ。

まるで一つの芸術品のように、美しかった。


「これ、お預かりしてもいいんですか?」


こんなものは受け取れない、とばかりに目を剥くカチローに、
乾は少しだけ苦笑して「必要なら」と返した。


「じゃあ、必要な時だけ乾さんに言って借りるってことでもいいですか?
 普段はここに保管してください」


布を大事そうに掲げるカチローの提案に乾も承諾する。


「・・・そんな布、むしろない方がいいのかも知れない」

「え?」


ぽつりと零した乾に、カチローは聞き返した。

しかし、乾は一瞬の逡巡のあと、「何でもないよ」と普段通りの物腰でそう、返したのだった。

一体今現在、この布が意味するものにどれほどの人間が振り回されているのかと、
乾は考えを巡らせながら、ため息の代わりに眼鏡を押し上げた。








<あとがき>

カチローくんが主人公のお話でした。自分で言うのも変だけど珍しい。
彼の後継者っぷりを書きたいな〜と思って挑戦してみました。
あ、でも全然サラッと読んでもらって構わないですよ。
重要なのは「青い布」、これだけなので。ヤバッ、ゆうてもうた(笑)




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