<side5:family> 「また、こんなところにいた」 かけられた声に不二はゆっくりと振り替える。 手がぎりぎり届かないところに見知った人影が立っていた。 空虚な面持ちで佇む不二に声をかけたのは彼のたった一人の弟。 「裕太」 名前を呼ばれても、彼は不二の側には寄らない。 直視したくない思いが裕太に顔を背けさせる。 兄を、ではない。 兄を見れば必然的に視界に入るその向こうの景色を、だ。 「届けに来たら、約束の場所にいないし。また、ここにいやがるし」 嫌悪感を込めて吐き捨てる。 「ごめん。ちょっと、近くを通ったものだから」 「だからって、こんな場所」 不二が背を向けた場所、さっきまで見つめていた景色には、広い範囲の焼け跡。 自分達が暮らしてきた家が焼け焦げて、僅かな破片だけを残したただの荒野。 直視するには辛い場所のはずだ。少なくとも裕太には。 「例の物持ってきた」 ぶら下げていた紙袋を持ち上げて存在を主張させると、不二がようやく立ち上がって振り返る。 「うん、ありがとう」 「弾はそんなにないから大事に使えよな」 ぶっきらぼうに差し出された紙袋を受け取って中を覗き、 新聞紙に厳重に包まれた硬い拳銃を手に取る。 「どのくらい?」 「一ダースくらい」 「・・・」 「こ、これでも観月さんに奮発してもらったんだからな!うちにだってこれ数あるわけじゃないんだし」 「これで、ギリギリってことだね」 「観月さんから伝言。『もっと欲しいのでしたらそれなりのものと交換して貰わなければ』。 ・・・こっちにも金があるわけじゃないし」 ズボンのポケットから取り出した紙を読み上げて(最後に記された『んふっ』は敢えて言わずに) 不二に差し出しながら嘆息する。 「そうだね」と軽く頷いて受け取る。 「用事は済んだからな」 口を尖らせて「もう帰る」と言っても不二からは何の反応もない。 一息吐いて帰ろうと足を出しかけた時だった。 後ろから抱きすくめられて、よろける。バランスを取ろうと傾いだ体を不二がそっと覆った。 「・・・んだよ」 焦ってもがいてみるが、腕に力を入れられて更にきつく抱き込まれた。 「兄貴?」 困惑を浮かべるが、背後の不二がどんな表情をしているかは伺えなかった。 「やめようよ、レジスタンスなんて」 「なに・・言って・・・」 「裕太がする必要なんてないんじゃないのかな」 声が、少しだけ震えている。 回された腕に裕太は手を添えた。 「俺はいいんだよ。俺は。兄貴こそ、いつまでこんなとこにいるつもりなんだよ」 重なった手からお互いの温もりが伝わる。 生きている者にしかありえない熱が。 薄い肌の下を巡るのは同じ血潮。 同じ母親の体から生まれた、限りなく近い他人。 たった二人の・・・たった二人になってしまった。 「じゃあ、裕太はここを忘れられるっていうの?」 「そうじゃねーよ」 「忘れても平気なの!?」 「だから、そうじゃねーって言ってんだろっ。なんでっ・・・」 裕太は腕を振り解くと、素早く不二の方へ向き、ドンッと胸を叩いた。 何かを耐える動作だった。 「なんであの場にいた俺がこうして、ちゃんと歩いてるのに、 なんであの場にいなかったお前がそこにいつまでも立ってるんだよっ。おかしいだろっ!」 「・・・いなかったから」 「だから変だって言ってんだよ。見てないだろ、あれを! 兄貴が・・・兄貴がそんなんになってるなんて・・変・・だ・・ろ・・・」 涙すら流さない乾いた頬なのに、裕太の声はまるで泣き叫ぶようだった。 反響する裕太の叫び、自分の体を揺する行為が、まるで遠いことのような感覚が不二を襲う。 その証拠に (視界がぼやけてるんだ) 奇妙に歪む世界。作られたもののような。 「あれ・・・」 いつの間にか頬が濡れている。 拭った指先に暖かい感触がしていた。 自分が泣いていることにも気付いけないでいる。 「バカヤロウ・・・」 「裕太・・・」 本当に泣きたいのは裕太の方だろうと思うのに、不二の目蓋からはただ静かに涙が流れていた。 家族が殺されていく光景をその目に焼き付けたのは裕太の方なのだ。 自分は遠くの知り合いの家に呑気に遊びに出かけていた。 意気揚々とみやげを持参して帰った自分を迎えたのは、 焼け跡の中に佇む幼い裕太の姿だけだったのだ。 今度はそっと、正面から、弟を抱きしめる。 壊れやすいガラスを扱うかのように、優しく。 「ごめんね、ごめんね裕太」 「・・・くしょぉ・・・」 優しく、優しく抱きしめながら、不二は「ごめんね」を繰り返していた。 <あとがき> 暗っ!不二兄弟編でした〜。思った以上に暗くなりました(汗) どうしよう、不二好きの方に嫌われそう・・・うう・・・。 が、しかし、本編二部登場シーンは、なんかギャグチックですからっ!平にご容赦ぅをっ!! 初め、家族が亡くなっていく場面を見ていたのは不二兄の方だったんです。 でも、色々悩んだ結果、裕太の強さに賭けてみました。 頭の中には「ちくしょう」と言う裕太が浮かんでいて、 なんでそんなに悔しいんだろうって思って自問自答。 きっと裕太は他人のことで本当に涙を流す人なのだろうと勝手に思い、きっと、 死んでしまったことはもちろん哀しいけれど、裕太はそれに囚われるような子じゃない、 そんな気がします。 それよりも、前を向いて生きていこうとするような、そんな強さがあるんじゃないかな?? だから、自分の代わりに未だに過去にこだわっている兄が見ていられなくて悔しい。 そう思って反対にしました。 はてさて、これが吉とでるかキョウと出るか・・・?? |