<side4:kaidou and tomoka>







英二のいる部屋に戻るわけにも行かず(戻ってもきっと平気なふりなんて
できないことはわかっていたのだ)、朋香はカルピンから外に通じる扉を開いた。

外は陽気な空気で満ちあふれ、空の青さに、心が軽くなる。

重い気配が払拭されたところで、丁度出かけようとしていた海堂とかちあう。


「出かけるんですか?」


海堂は一瞥しただけで無視して朋香を横切ろうと踏み出す。

が、数歩先行した途端、朋香が地面を踏みつけて叫んだ。


「ったくもーうっ!」


何事かと海堂の足が止まる。

振り返って視界に入った彼女の姿に思わずぎょっとしてしまった。

海堂が正気に戻ったのは不覚にも朋香がストレスをぶちまけた後だ。


「なんなのよっ!ここにはまともな男はいないわけ?」

「ああ?」

「なに考えてるかわかんないリーダーに、エセさわやか青年、
 それから?話しかけてんのに無視する礼儀知らず。あー苛々するっ!」


一方的にまくしたてる朋香に、数秒おいて海堂が答えたのは


「フシュー」


もう、何語かもわからない彼特有の空気音だった。

彼としては突然怒鳴られた理由が思いつかないばかりか、
女の子にここまで正面から話しかけられたのは初めてだったのだ。

初めてで・・・・・・怒鳴られる。

全然トキメキのない初体験だ。

と、英二あたりは言うだろう。


「何なんだ、おめぇは」


辛うじて返せた言葉はあまり的を射ている台詞ではなかったのかもしれない。


「小坂田朋香」


恐ろしい形相で言い放つ彼女に気圧されて海堂は「そうか」と力のない声で零した。


「どっか行くんですか?」

「いや、散歩だ」


正直に答えてしまう。


「ついていくけどいいですよね!?」


有無を言わせぬ迫力。


「あ、ああ・・・」


彼らしからぬ言動だった。

少しだけ機嫌を良くした朋香は海堂の横に並ぶ。

「こうなったら、こいつらの好きにさせるもんですか」とか何とかブツブツ言っているが、
とりあえず気にしないことにした。

二人はスラム街を出て市場に足を運んだ。

てっきりここで買い物でもするのかと思ったが、海堂の足は更に進んで、
人気のない河原に着いた。


「へぇ、こんなとこあったんだ」


感心したような朋香は無視して海堂は懐に持っていた小さな袋を取り出した。

何をするのかと見守っていた朋香は目を剥く。

袋に手を入れた海堂は中に入っていた物を空中に放り投げる。
と、たちまち空を飛んでいた鳥達が海堂を囲んだのだ。

率先して餌を取りに行く鳥達の様子は慣れたものだった。

彼から餌をもらうことに慣れていた。

鳥と戯れる少年。

言葉だけ聞いた響きはとても美しい。

しかし、その少年が、この無愛想な海堂薫。


「・・・・・・・・っぷ」


いけないとは思いつつもこらえ切れず噴き出していた。

腹を抱えて笑い込む朋香に、赤くなった海堂が悔しそうな顔を見せた。


「笑ってんじゃねぇ、だから嫌だったんだ」

「あはは、ご、ごめんなさい。だって、だって、誰も思わないって。
 海堂さんが鳥と、鳥と・・・ップ・・仲良しだなんて」


そう言って自分の言葉に更に笑い出す。


「フシュー」


恥ずかしいのか悔しいのか、海堂は例の音を出すしかなかった。

笑いが納まった頃、もう観念したのか、海堂は朋香を放って地面に餌を散蒔いて
鳥を眺めていた。

隣に腰を下ろして朋香も鳥を眺めた。

しばらくそうしていると、何もかもが遠い異国のことのような気分になる。

自分がここにいるのにも違和感が生まれて、こうやってぼうっとしていること以外
どうでもいいような。


「海堂さんは何で鳥に餌をやるんですか?」


少しだけきょとんとした顔をして、海堂は眉根を寄せる。


「理由なんてねぇ」

「・・・・・そっか」

「お前はなんで付いてきた?」


考える素振りを一瞬だけ見せると、朋香はニヤリとして


「理由なんてねぇ」


そっくり返した。


「じゃあ付いてくるな」


しかし、返ってきたのは冷たい言葉だけだった。

むっとするが、海堂の性格からしてみればこれは滅多にない
好待遇であることは間違いない。


「はいはい、どうもすみませんね、御邪魔して」


分かっていてもそういう言い方をされればつい憎まれ口を叩いてしまう。

分かっている。これでは可愛くない。


(私は、邪魔ばっかしてる)


「ごめんなさい」

「・・・・・」

「・・・・・」


所在なく朋香は膝を抱いた。

もともと部外者だという認識が急速に自分を襲った。

桜乃に付いて青竜にいるが、桜乃のように自分には縁も所縁もないところなのだ。

そもそもレジスタンスと共にいること自体が自分の意志ではないような。

抱いた膝に頬を押しつけて風に揺れる草を眺めた。

抵抗もなく、ただ流れを受け入れる姿は今の朋香の嫌悪感を煽る。

そのくせ羨ましいほど清々しい。


「わ、悪かったな・・・」


しばらくの沈黙を破ったボソッとした声に海堂を見た。

思わずきょとんとして、次いでまじまじと目を凝らしてしまった。

御世辞にも好印象を与えにくい顔の海堂が、気まずそうに自分を見ていたからだ。

その顔にはありありと「申し訳ない」と表記してある。

何か信じられないものでも見ている気分で朋香は海堂に近づいた。


「な、なんだっ」


少し焦った声で海堂は狼狽える。


「なーんだ」


乗り出した体をもとに戻して朋香はぐんっと腕を空へ伸ばした。

朋香の不可解な行動が止んだのを見て海堂も態勢を戻す。

腕を伸ばしたそのまま、朋香は草の上に寝っ転がった。

目蓋を閉じると心地よい風が流れて、揺らされた草が自分に触れるのを感じる。


(なんか、気が抜けちゃった)


横目で盗み見た海堂は元の不機嫌そうな顔で鳥を眺めている。

行動が顔に似合わなかったり、自分の発言に傷つけたと思って誤ってみたり。

別に海堂のせいで嫌な気分になったわけでもないのに。

どっちかというと、ただの八つ当たりでついてきただけなのに。

それを知らずに誤って。


(無器用なのかな)


と言うよりは


(優しい・・・・の、かな?)


微笑まれたわけでもないけれど。


「もう少し、ここにいていい?」


見上げた視線の先、海堂は低い声で「ああ」と呟いた。

どこか安心した声音だったのは、朋香が微笑んでいたからだった。








<あとがき>

キャ〜やってしまった。こっ恥ずかしいやね薫ちゃん。
この二人なかなか好きですよ。言い争いとかが楽しそう。
もちろん最後は朋ちゃん圧勝で。

次回はちょっとシリアスになります。不二それから裕太vvです。

桜佳さんへ!
おまたせしましたvvv今回も気に入っていただけるととっても嬉しいです〜。
毎回メール本当に嬉しいです。ありがたいです〜。本編の方も頑張りますね!




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